介護×生活のモヤモヤ! 介護は無理せず、機嫌よく。認知症になった母への、私なりの向き合い方
一人暮らしをしていた母親が、認知症を発症。心の準備がないまま介護に向き合うことになったIさんは、戸惑いながらも目の前の課題に一つずつ取り組み、介護環境を整えていきました。募るイライラ、変わっていく母への不安……。そうした現実をどのように受け止め、どう乗り越えてきたのか。これまでの介護経験と、Iさんを支えている考え方を伺いました。
PROFILE
I.Aさん
52歳
神奈川県出身。都内出版社での編集職を経て、27年前にフリーランスの編集ライターとして独立。幅広い分野での執筆活動の傍ら、地域でのイベント企画やファッションブランド運営も手掛ける。4年前に認知症になった母の介護が始まるが、それも含めて自分らしい働き方や暮らしの継続を目指している。夫、13歳の息子の3人暮らし。

向上心にあふれアクティブな母が認知症に
戸惑いの中で始まった介護生活
最初に、今のお仕事や、取り組まれている活動について教えてください。
横浜市に住みながら、フリーランスの編集・コピーライターとして活動しています。仕事と並行して、副業というほどではありませんが、好きなことを生かした活動にも取り組んでいます。例えば、編集経験を生かして、7年前から自宅前の駐車スペースでマルシェを開催したり、ファッションブランドの運営をしたりしています。さらに、2018年に息子と2人旅で台湾を訪れたことをきっかけに現地の友人ができ、以来、年に1回のペースで訪台するようになりました。最近は台北の宿の日本語版ホームページの監修をはじめ、読み物の企画・取材・執筆、ファッションや雑貨の買い付けとポップアップ販売など、台湾への“恩返し”のような活動も行っています。
とてもアクティブに活動をされているんですね。そんな中、お母さまの介護が始まった経緯について教えていただけますか?
母の異変に気づいたのは4年前、私が48歳で母が75歳のときです。コロナ禍のときで、電話は頻繁にしていましたが数ヵ月会えていませんでした。そんなある日、の母の住むマンションのオーナーから、「お母さん、大丈夫? 2ヵ月分家賃を滞納しているんだけど」と連絡が入ったんです。慌てて千葉に住む叔母と一緒に母の元へ向かいました。母の通帳を確認すると、詐欺に遭い、多額のお金をだまし取られていたことが判明。借金もかなりあったようで、本人に軽度の認知症の傾向も見られました。母はセラピストとしてサロンを経営していたのですが、コロナ禍で経営が立ち行かなくなったことが引き金になり、精神的に追い詰められた末に認知症を発症したのではないか、と私は受け止めています。詐欺についても、そうした心の弱みに付け込まれてしまったのではないかなと。すぐに警察に連絡して、サロンも廃業。自宅も兼ねた広い場所だったので、そこを畳んで、1人用のコンパクトな部屋に引っ越してもらいました。
それはつらい出来事でしたね。介護に向かうということが決まって、最初はどのような心境でしたか?
正直、戸惑いは大きかったですね。まず、もっと早く気づいてあげていれば……という気持ちでした。心の準備もできていなかったですし、小学生の息子がようやく1人でお留守番ができるようになり、これからもっと仕事ができるようになるぞと思っていた矢先だったので……。
ただ、気持ちの切り替えは早かったと思います。一人娘ですし、結局、私がやるしかない。中途半端にすれば、結果的に家族の生活への支障も大きくなるはずです。だからこそ、スタンプカードを一つずつ押していくように、目の前の課題に着実に取り組んでいこう、そう決めました。
“全部自分でやらなきゃ”と思わなくていい
プロや家族に頼ることが大事
最初の頃は、どのように介護に取り組んでいましたか?
まずは地域包括支援センターに相談し、介護の段取りを確認しました。その後、介護保険を申請し、母は「要介護1」と認定。徒歩圏内の外出はできても自炊が難しかったため、一人暮らしを続けながら、週1回のヘルパーと週3、4回のデイサービスを利用する体制を整えました。私は2週間に1回ほど様子を見に行き、食材の買い出しをして、片付けや洗濯などを手伝っていました。
現在は、また住まいを転居されているんですよね。きっかけはなんだったのでしょうか。
母の以前の住まいは急きょ引っ越しが決まり、十分に検討しないまま選んだアパートだったため、バリアフリーに対応していませんでした。また、母が外出先からの帰り方が分からなくなってしまい、警察に保護されるという出来事もあって、元の場所で一人暮らしを続けることに不安が出てきました。そんなとき、見守り機能のある高齢者用アパートがあることを知ったんです。バリアフリーにも対応していて、母の状態に合うかもしれないと感じて入居を決めました。母も「きれいでいいね」と喜んでいました。
まさに理想的な住まいと出合ったんですね。また、転居後は、小規模多機能型居宅介護を利用されていると伺いましたが、これはどのようなサービスですか?
小規模多機能型居宅介護(通称:小多機)は、「通い(デイサービス)」「訪問(訪問介護)」「泊まり(ショートステイ)」を柔軟に組み合わせられるサービスです。デイサービスよりも生活面の支援が手厚く、家事や掃除、洗濯、着替えの介助まで頼めるのが助かっています。さらに、介護施設に入るより費用を大幅に抑えられる点もメリットです。母には実家の賃貸収入がありますが、それでも要介護1で老人ホームに入居するには不充分なので、小多機はありがたいですね。
私自身は、1週間から10日に1回の頻度で母宅を訪れて、食べ物や消耗品の補充、部屋の掃除、シーツやカバーの交換、通院や美容院への付き添いなどをしています。
サービスも取り入れながら、お母さまの自立的な生活を援助されているんですね。介護に対して、ご家族からの協力はどのようなものがありますか?
夫は土日などの動けるときに車を出してかさばるものの買い出しや母の移動を手伝ってくれますし、叔母が月に1回程度、叔父が年に3、4回、母の様子を見に来てくれます。息子もたまに来てくれるのですが、私よりも母とのコミュニケーションがうまいですね(笑)。
ご家族の他に、介護について相談できる人はいますか?
主にはケアマネジャー(介護支援専門員)さんに相談しながら進めています。また、デイサービスでの勤務経験のある叔母が介護に関する専門的な知識や知見を持っているので、実務面でも精神面でも大きな支えとなってくれていますね。訪問ヘルパーや理学療法士として働く友人からのアドバイスにも助けられています。
私は今年で53歳ですし、体力があり余っているというわけでもないんですよ。稼働時間が年々短くなっていて、すぐ疲れるし、眠くなる。全部を引き受けていると身が持たないので、何事にも優先順位をつけて、自分がやらなくてもいいことはどんどんアウトソーシングするようにしています。介護であれば、その道のプロや家族に積極的に協力を仰ぐということですね。そうすることで、負担を抑えられているとは思います。
セルフケアを大切にして
いい状態で介護に臨む
負担を減らす工夫をしていても、介護に取り組まれる中で苦労を感じることはありますか?
たくさんあります。一番大変なのは、母とのコミュニケーションです。母の私に対する対応がそっけないときがよくあるんです。例えば「昨日と同じ服を着ているから着替えようか?」と声をかけても、「うるさい」「ほっといて」と返されてしまいます。母自身も以前よりできることが減っていることを、心のどこかでは分かっていて、それでも認めたくないという思いがあるんだと思います。その葛藤が、心ない態度につながっているんじゃないかなと感じます。私としては、母のためを思ってやっていることに対して冷たい対応を取られるのが本当に悔しくて、帰りの車の中で泣いてしまったこともありました。
それは心が折れそうになりますね。どのように気持ちの切り替えをしていますか?
どれだけ私がイライラしても、母は変わりません。だからこそ、そのいら立ちを母のせいにするのではなく、“なぜ自分はイライラしてしまうのか”“このイライラの根源はなんだろう”と内観するようにしています。ほかにも、気持ちが高ぶってきたら、いったん席を外す。限界だと思ったら早めに帰る。意識的に距離を置いて、気分転換をするんです。
これは介護に限らず、仕事でも同じですよね。自分の状態が悪いまま取り組んでも、何もうまくいかない。“自分の機嫌は自分で取る”ことを、常に意識しています。
介護が始まって4年がたとうとしています。現在の状況を教えてください。
最近では、認知症の進行にともなって母とうまくコミュニケーションが取れなくなってきています。母は50代でフット・リフレクソロジーの資格を取得し、セラピストとしてサロンを経営するなど、昔からアクティブで、向上心の強い人です。そんな母がどんどん変わっていく姿を見るのは正直つらいですが、“母はこれまでとはまったく違う新しい形態に変化したんだ”と考えることで、気持ちを落ち着けています。
今後、介護とそれ以外の自分の生活、例えば家族や仕事、趣味などのバランスを、どのように取っていきたいですか?
“好きな場所で、好きな人と、好きなことをする”が私の基本スタンスです。これからも仕事、家族、ライフワーク、介護など、あらゆる面でこの考えを意識しながら暮らしていきたいですね。
先ほどの“優先順位をつける”という話にもつながりますが、年齢や体力を考えると、すべてに全力を注ぐのは難しい。だからこそ取捨選択しながら、自分が好きで楽しめる環境を追求していきたいと思っています。介護も、いつ終わるのか先が見えていないからこそ、身を削って我慢しながら続けるものにならないようにバランスを取る。その積み重ねが、いい60代を迎えることにつながる気がしています。