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みんなの人生ピカっとのぞき見! Vol. 45

親子関係×介護のモヤモヤ! 突然訪れた母の介護と父の死。葛藤の末に選んだ、家族が我慢しない道

思春期の頃から母親との間に確執があったSさんは、結婚を機に実家を離れ、“ちょうどいい距離感”を保って暮らしていました。そんなある日、母親が脳梗塞で倒れて介護が必要な状態に。“家族の誰にも我慢をさせない”という思いのもと、老人ホームへの入居を決めた背景には、さまざまな葛藤がありました。

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PROFILE

S.Kさん

50歳

神奈川県出身。旅行の専門学校を卒業後、転職を経て2つの旅行会社で計15年間勤務。35歳で結婚を機に退社。2021年、実母が脳梗塞で倒れて半身不随となり、認知症を発症。2023年には実父が急逝。現在は実母の介護を続けながら、週2日は飲食店で仕込みのアルバイトをしつつ、羊毛フェルト作家の活動も行っている。パートナー、11歳の長男、7歳の長女と4人暮らし。都内に独身の兄がいる。

過干渉を嫌い、距離を置いていた母が 
ある日突然脳梗塞で倒れて……

まずは、お母さまとの関係を聞かせてください。

母には“娘をちゃんとしたい、きちんとさせたい”という思いが強かったようで、小さい頃からずっと厳しく育てられてきました。「それはやめて、こっちにしなさい」「誰とどこに行くの?早く帰ってきなさい」と、かなり心配性で過干渉だったと思います。私が中学生になったあたりからは、「何で私の自由を奪うの?何でそんなに縛るの?」と常に反抗していましたね。やること全てに文句を言われていたので、母のことが好きじゃなかった。兄は早くに実家を出てしまったから、母の興味が全部私に向いちゃったんだと思います。関係性としてはうまくいってなかったですね。

社会人になって一人暮らしをしたかったけど、それも止められて、結局は結婚するまで実家にいました。今思えば、お互いに依存し合っていたのかもしれないです。私が働き出してからも過干渉は続き、「そんなに遅くまで残業させる会社なんて早くやめなさい」と言われていたし、直接会社に電話をかけることもありました。私はもうとっくに社会人なのに、母にとっては“私の子ども”だったのでしょうね。

結婚を機にSさんが実家を出られてから、母娘の関係性に変化はありましたか?

母の過干渉は少し落ち着いた気がします。最初は夫の実家の近くに住んでいましたが、私の父と母が年をとって心配になり、実家から駅1つ離れたところに引っ越して、自宅と実家を行ったり来たりしていました。すぐ近くよりも、駅1つ分くらい離れているくらいがちょうどよくて(笑)。引っ越したとはいえ夫の実家も同じ市内なので、それほど遠くはないです。子どもが生まれて、両親とも「孫ができてうれしい!」と喜んでくれました。けれど、私たち家族にもいろいろあるので、そんなに頻繁には実家に寄れないじゃないですか。そうすると、母から高圧的に「もっと頻繁に来なさい」と言われ、口論になる。そんないざこざは常にありました。父と2人の生活は刺激が少なく、寂しいと感じていたようで、私に電話をしてくることが多くなりました。母は年をとってから怒りっぽさにどんどん拍車がかかっていきましたね。

距離感を保ちながら暮らしていた中、お母さまが倒れられたときのことを聞かせてください。

母は高血圧を抱えていて、病院に通っていましたが、特に重い持病があるわけではなかったんです。本当に突然、自宅で倒れてしまったんですね。その頃、父と母は別々の部屋で寝ていて、朝になって母が起きてこないから、父が部屋へ見に行ったら倒れていたそうです。緊急搬送先の病院で脳梗塞と診断され、「左の脳梗塞なので、右半身が動きません。リハビリ次第ですが、年齢的に、ご本人に頑張る気持ちがないと身体機能の回復は難しいでしょう」と言われました。そのとき母は79歳。「そうだね」など簡単な返事はできるものの、思っていることを自分の言葉ですらすらと話すことはできない状態でした。

家族にとって“最良の選択”とは?
背中を押してくれたのは父の言葉

その後、お母さまの環境はどのように変わっていったのでしょうか。

救急病院だから長期入院ができず、入院から1ヵ月くらいたった頃、自宅近くの病院に転院しました。でも、その病院も半年しかいられない決まりだったので、「この先、自宅で介護するか、施設に入ってもらうか」と家族でかなり話し合いましたね。

母は入院中に身体機能が衰えたことで、認知症も進んで、排せつも含めて自分でできることがどんどん失われていって……。入院中に要介護認定※を受けたら“要介護5”、最も重く介護が必要とされる数字でした。

実家に連れ帰って、家族みんなで看るという話も出たのですが、父はそれほど家事ができず、年齢的にも1人で母を看られない。独身の兄は遠方に一人暮らし。私は、まだ幼い子どもが2人いる。選択肢には、病院と在宅の“中間”に位置し、リハビリに力を入れている老健(介護老人保健施設)への入居というのもありました。自宅に戻るのを目指して、そこでリハビリを頑張れば回復する機能があるかもしれない。でも、果たして母は頑張れるのだろうか。だからといって、このまま老人ホームに入る決断をしていいのか。母と私たち家族にとって何がベストな選択なのか、すごく悩みました。

※要介護認定:対象者がどの程度の介護サービスを必要とするかを、7段階および非該当の指標で判定したもの

たくさん悩まれて答えが見いだせないとき、最終的な決断を後押ししたものは?

悩み過ぎて、何を判断基準にすれば良いかわからなくなっていました。そんな中で父が私に、「俺が自宅で介護するのは絶対に無理だから、おまえが動かなきゃいけなくなる。それだとおまえ自身が壊れてしまうよ。お母さんを施設に入れる選択でもいいんじゃないか」と言ってくれたんです。“父が決めた”ということにすれば、私は「分かりました」と受け入れられる。父は私の気持ちを楽にしてくれたんですよね。

ご家族で方向性を決めてから、施設に入居するまではどう進めていったのでしょうか。

うちから近い距離にある施設を希望して、申込書類に書けるだけの施設名を書きました。「タイミング次第なので、すぐに見つかるかは分からない」と言われていたのですが、運よくいくつかの施設に空きが見つかって、その一つがうちのすぐ近くにある老人ホームでした。きれいな個室で、季節ごとにイベントもあり、何よりお買い物のついでに自転車でさっと立ち寄れる距離。希望に一番近い形の施設でした。母は要介護5の認定を受けていたので優先度が高く、4ヵ月ほどで入居が決まりました。

家での介護が一番だと思っていましたが、実際にそうしていたら生活のすべてが中途半端になっていたと思います。私が介護に時間をとられることで、子どもたちがやりたいことを我慢することになったかもしれない。だから今は、老人ホームを選んでよかったなと思っています。

“介護する娘”と“子どもたちの母” 
身を置く場所で気持ちを切り替えられる

お母さまが施設に入居して1年後にお父さまが急逝されたそうですね。

父は持病もなく、前日に飲みに行っていたくらい元気だったんです。でも、その日は電話をかけても出なくて。そういう場合は、次の日に父からかけてくることもあるから待っていたのですが、一向にかかってこない。“おかしいな”と思って実家に行ったら、部屋で倒れていて、すでに亡くなっている状態でした。死因を調べた結果、心筋梗塞でした。母のことで頼りたかった父が突然いなくなってしまって、心細い日々がしばらく続きましたね。

その頃の母は記憶がだいぶ曖昧になっていましたが、父の葬儀には参加させてあげたいと思って、施設に許可を取り、車いすと介護タクシーで連れて行きました。もう理解できないかもと思ったのですが、父の顔をずっと触っていたので、分かっていたんだと思います。

お母さまに対して、今思うことを聞かせてください。

元気なときの母は、私と父に対する怒りの感情がすごく激しくて。“母と自分は別の生き物だ”と思って距離を保っていました。でも倒れて、老人ホームに入り、認知症も進んでいる今の母は、毒が抜けたというか、怒りがゼロなんですよ。面会に行くたびに言葉がどんどん出なくなってしまっていることもあり、すごく穏やかなので、私も穏やかでいられるんです。

今後は自分のメンタルを整えて、もうちょっと頻繁に、母の面会に行けたらいいなと思いますね。変わっていく母に会うのがつらく、なかなか積極的に面会に行くことができないので……。あと、半日でも母を家に連れ帰ることができたら、思い出すことや刺激になることがあって、回復につながるかもしれない。そういう“もっとこうしてあげたい”ということはあるけど、軽やかに動けない自分がいます。たぶん気持ちが追いつかないんでしょうね。

親の“老い”に向き合うことは大変だと思います。介護に関して決断する場面がたくさんある中、Sさんが判断基準にしていることは何でしょうか?

家族みんなが平和かどうか、ですね。自分も含めて、誰か1人に負担がいったらよくないので、みんなでかばい合いながらやっていけたらいいなと思っています。私と、夫と、兄、それぞれ思うところがあるじゃないですか。今はそれがうまく合致しているけど、この先合致しなくなることがあるかもしれないですよね。あと、誰かが意見を曲げて合わせてくれているかもしれないから、「思ったことは言ってね」と伝えてはいるけど、本心を本当に理解し合うのは難しいかもしれませんね。それでも、なるべくみんなが我慢しないでやっていけたらいいなと思います。

最後に、介護と育児を両立する中で、気持ちを切り替える方法があったら教えてください。

気持ちを切り替えるためにしていることは特にないですが、日常の中でさまざまな環境に身を置くことが気分転換につながっているのかもしれません。例えば、母が入居している老人ホームと、息子が習っているサッカーのグラウンド、まったく世界が違うじゃないですか。しかもサッカーのグラウンドでは、高齢出産の私の周りは若いママ友が多く、介護についての話題が全然出ないんですね。それがかえってよかったなと思います。サッカーチームの環境に身を置くことで、“介護をしている娘”じゃなくて、“子どもの応援に来ている母”になれるんです。

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