ひきこもり経験×やりたいことのモヤモヤ! 大学→就職コースを外れて見つけた、音楽と仕事のちょうどいい距離感
自動車の期間工として働きながら、弾き語りのミュージシャンとして活動しているSさん。大学3年生のときに家から出られなくなり、3年間のひきこもりを経験。そこから好きな音楽に引っ張られ、徐々に自分自身とのうまい付き合い方を習得してきました。彼のこれまでの試行錯誤の歴史をひもときます。
PROFILE
S.Sさん
28歳
広島県呉市出身。小さい頃から音楽を好み、高校3年生からギターを始める。高校卒業後、山梨県の大学に進学し、弾き語りサークルと映画サークルを掛け持ちするが、大学3年でメンタルダウンし、中退。呉市の実家で3年間のひきこもり生活を送る。その後、複数のアルバイトを経て、昨年11月に広島市へ転居。現在は自動車会社の期間社員として働きつつ、休日には広島県内および近隣県で弾き語りライブに出演。自らライブイベントの企画も行う。

誰かの期待や思惑に従って生きなくていい
大学を中退したことで得た安心感
まずは、広島の実家を出て山梨の大学に進学してから、中退することになった経緯を聞かせてください。
文学部に入ったんですけど、そこで勉強できることと自分の思い描いていたことがマッチングしていないというジレンマがもともとあって。入学してから、ちょっとずつ授業に行かなくなってはいたんです。それに加えて、サークルの方でも問題が……。当時僕は大学で弾き語りサークルと映画サークルに入っていたのですが、2年生の終わり頃に映画サークルのリーダーに任命されました。でも、その役職が自分の能力に見合っていない活動量で……。だんだん重圧になり、大学3年生の4月あたりに一切学校に行けなくなりました。そこからしばらく誰とも連絡を取らずにアパートに引きこもっていたのですが、それに親が勘付いて、連れ戻しに来たんです。山梨のアパートを解約して、広島の実家に戻りました。「まだ復学するかもしれない」と退学は保留にしていたんですけど……。7月になって「もう無理かもしれないね」ということで、退学届を提出しました。そこから実家で3年間ひきこもり状態でしたね。
“サークルのリーダーをちゃんとやらなきゃ!”という責任感がメンタルダウンにつながったのでしょうか。
半分はそうだったかもしれないですね。もう半分は他人からの目を気にし過ぎているというか、“リーダーなんだから真面目に振る舞うべきだ”と自分で自分を追い込んでいた部分が強かったと思います。通常だと、代替わりをした後も先代のリーダーが在籍してくださって、相談できる環境があるんですけど。僕の前任者は体調不良ですぐに離れてしまったので、引き継ぎができないまま勘でやっていたというか(笑)。まわりに頼れる人がいない状況でした。
企業の中間管理職のようなストレス状況ですね。実家で引きこもっていた3年間は、どのように過ごしていたのか教えてください。
毎日同じことの繰り返しだったので記憶があまりないんですが、ギターは触っていたと思います。そのときはオリジナル曲を作っていなかったので、好きな曲を弾きながら歌って満足する、ということを続けていました。たまに外に出ていましたが、基本的にはずっと家にいました。そんな中でも、心の中は平穏だった気がします。サークルのリーダーとしても、大学生としても、“何かやらなきゃいけない!”という立場から解き放たれたんですかね。“コース”を外れたことで安心したのかもしれないです。
「コースから外れて安心」とはどんな感覚なのでしょうか。
両親としては国公立の大学に行ってほしい、卒業したらまともに就職してほしいという願いがあったと思います。僕は、大学に通えなくなるまでまったく何も考えていなくて、その期待に沿って、他人の思惑やアドバイスに従ってきたところがあるんですね。“このままずっと人の意見を聞いて生きていくんだろうな”と思っていた部分がどこかにあったのかも。そこからいったん、コースを外れることができたので、安心した感じです。
“一生このままではいけない”という思いで
ひきこもりからアルバイトをスタート
3年間のひきこもり生活から、社会に出てアルバイトを始めようと思ったきっかけを教えてください。
当時、音楽ライブへ行くために外出することはたまにあったのですが、家の近くにライブを見る場所がないか調べていて、たまたま1軒のライブハウスを見つけました。そこから同じビルで同じオーナーが経営している駄菓子バーに通うようになって、ちょっとずつ外に出る頻度が増えていったんです。
オーナーに顔を覚えてもらって、ある日、「そろそろ働こうと思っているんですよ」と話したら、「今日やらんかったら変わらないと思うから、今すぐに応募できるところに応募した方がいい」と言ってくださって、近所のスーパーでアルバイトを決めました。
僕自身、“一生このままの状態ではいけない”ということは当然分かっていて、タイミングを探していたんですよね。他にもいろいろ小さなことが重なったのと、オーナーに相談に乗ってもらえたことで、一歩前進することができたような気がします。
オーナーとの出会いはラッキーでしたね。そこからライブ活動と、自主ライブの企画をするようになった経緯は?
県内の弾き語りライブに通っているうちに、出演者としてライブに呼んでもらえることが増えました。ライブに出るにあたって、ちょっと前くらいからオリジナル曲を作り始めていたところに、大学の弾き語りサークルの同期だった子が東京から山口に引っ越してきたんです。「せっかくだから一緒に出演できるライブを企画するよ」ということで1回目を企画しました。初めて企画したライブにしては結構盛況で、意外にもうまくいってうれしかったですね。
僕が一番やりたいことは、ライブの企画なんです。場所を作るのが楽しいんですよ。出演者同士で新しいつながりが生まれて、そこから先に新しい企画が生まれるのもうれしいですし。弾き語りライブを頻繁に見に来る人って少ないんですけど、僕の企画したライブをきっかけに、他のライブにも興味を持ってもらえることも大きなやりがいになっていますね。
音楽の楽しさをさらに知ったんですね。そこから呉市の実家を出たきっかけは何だったのでしょうか。
実は、呉市はライブがあまり盛んではなくて。音楽をやりたい人はみんな広島市に行ってしまうんです。だから僕も広島市を拠点に音楽活動したいと考えるようになり、広島市に引っ越すために広島市で仕事を探しました。音楽活動をするために土日が休みやすいところで働きたいと思って、10社近くの就職試験を受けたんですけど、正社員としては結局どこも受からなくて。3年間契約の期間社員として、今働いている自動車工場で働くことになりました。
実家を出ることについては、大学生のときに一人暮らしでうまくいかなかったので、不安はありました。でも、大学を辞めてから、自分の中のいろいろなことがすごい速さで変わっていく実感があったので、“この勢いならいけるんじゃないかな”と思い切ったところはありますね。
いろいろな経験をしてきたことで
だんだん分かってきた自分自身の扱い方
去年の11月から広島市内で暮らしているんですよね。大学生のときのメンタルダウンまではいかずとも、落ち込むことはあるのでしょうか。
大学のときにそういうことがあったので、“いつかまた同じようなことが起きて、全部駄目になるんじゃないか”という恐怖はちょっとあるんですけど、うまいこと避けられています。僕は運がいい方だと思うので、その運のよさで避けて生きている、そういうふうに思うことで、なんとかやっています。
落ち込みそうになることはありますよ。仕事上の失敗とか、いわゆる社会に触れる部分で、自分はあまり適合してないところがあるので。あと、期間社員の契約期限が残り1年半くらいで、今後ちゃんと就職できる保証がないので、気分が沈むことはあります。でも、“あ、このパターンだと2、3日後には回復するな”っていうのはもう分かっているんですよ。だからそこまで動揺もしないですね。
それから、仕事と音楽は完全に分けています。両方に深入りすることで、うまくやろうとして、大学のサークルを掛け持ちしていたときと重なっちゃうのが嫌だなっていうのがありますね。これまでの経験から、なんでもかんでも詰め込み過ぎると、うまくいかなくなるのかな、と感じてるので、意識的にセーブしています。自分の扱い方がなんとなく分かってきた感覚はありますね。
ご自身の状態を俯瞰的に捉えられるようになったのですね。もし今、大学時代と同じ状況に置かれたら、どんな方法で対処しますか。
今後また自分がそういう状況になったとして、やることは、セーブデータを増やすことですね。例えば自分は今働いていますが、仕事が行き詰まった状態だったとしても、もう1つ、2つでも息が抜ける居場所を作れば、“こっちはうまくいってるじゃん!”と思えるので。なるべく人生に立てる筋を増やしていくと、うまくいくのかもしれません。
僕は大学生のときに複数のサークルに入っていましたけど、全部をひとまとまりで考えちゃっていたから、うまくいかなかったのかな、と思います。
今後の展望があったら聞かせてください。
今の期間社員から正社員になるのはちょっと厳しそうなので、別のところで正社員として働きたい気持ちがあります。工場が性に合っているので、自動車に限らず、ですね。僕の仕事は“ライン工”といって、ラインに流れてくるものに同じ作業をし続けるんです。決まった動きを繰り返すのが苦で辞めちゃう人もいるんですけど、僕は全然苦にならないので、向いているんだと思います。音楽に関しては、今やっていることを続けたいですね。あまり真っすぐな性格ではないので、「音楽に感謝!」みたいなことは言いたくないですけど(笑)、最終的には音楽に感謝する時期が絶対に来ると思っています。
Sさんの変化のきっかけになっているのはやっぱり音楽なんだと思います。昔の自分にエールを送るとしたら、どんな言葉をかけますか?
う~ん、「そのままでいいよ」ですかね。自分のままで生きてきた結果、今は音楽活動を楽しくやっているし、仕事も楽しめているので。でも、できることならそれすらも言いたくないというか。もし仮に自分が過去にやった行動と別のことをして、別の道を歩んだとしても、それはそれで面白い人生になると思うんです。