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みんなの人生ピカっとのぞき見! Vol. 09

ライフワーク×生計のモヤモヤ! 人生をかけた活動と収益の壁。余裕ゼロから掴んだ二足のわらじ生活

就職活動で感じた「生きにくさ」が起点となり、地方の女性を応援するプロジェクトを立ち上げたYさん。“意識が高い人”と誤解されがちですが、じつは収入面・心身面ともに余裕ゼロだった時代も。それでも試行錯誤を繰り返して、ようやく今、具体的な将来の目標を描いているようです。

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PROFILE

Y.Rさん

26歳

山梨県韮崎市生まれ。大学卒業後、県内のベンチャー企業に就職してWebディレクターに。就職活動で感じた地方女性の生きにくさから、とあるプロジェクトを立ち上げると、SNSでの発信が反響を呼び、テレビ番組にも出演。現在は実家の離れで暮らし、フリーでプログラマーの講師としても活動する。趣味はギター。女性アイドルグループを応援している。

就職活動で直面した、“地方女性”の現実。
プロジェクトを通じて、多くの人の声を形にしたい

まずは、ライフワークでもあるプロジェクトを立ち上げたきっかけを教えてください。

直接的なきっかけは、就職したベンチャー企業の社長から「うちで働きたいなら自分のやりたい仕事を考えといて」と言われたことです。世の中にすでにある仕事から自分に合う仕事を探すのが就活だと思っていたので、自分で作る選択肢があるんだと衝撃を受けましたね。“自分がやりたい仕事は何だろう”と考えたときに、地方で働く女性を応援するビジネスがしたいと思いました。まずは当事者たちの声をたくさん集めないと、彼女たちがどういうものを求めているのかわからない。そう思い、地方の女性に話を聞きSNSで発信し始めたのが現在活動しているプロジェクトでした。

Yさんも地方出身ですよね。そもそもなぜ、地方で働く女性の力になりたいと思ったのでしょうか。

一番は、自分が就職活動で、“地方では、女性というだけでこんなにも仕事が選べないのか”と実感したことです。大学ではフリーペーパーの編集サークルに入っていて、就職も出版社志望でした。東京と地元・山梨の両方で就活をしていたんですが、山梨では、「うちは女性社員がいないけど、やっていける?」と聞かれたり、総合職は男性ばかりで、女性はいても地域職だけの会社だったり。大学の先輩からは、「営業志望で入社したのに、女性だからといって事務職に配属させられた」と聞きました。女性は、採用しても結婚してすぐ仕事を辞めるものだと決め付けられているのを感じて、すごくショックでした。就活で追い詰められる中、“書いたり編集したりする仕事なら、本(出版社)にこだわる必要はないかも”と、ある日思ったんです。そこで就活をいったんやめて、大学4年の10月から県内のITベンチャー企業でWebライターのアルバイトを始めました。そこの社長は、地方でも「どんどん新しいことをしていこう!」という考えの方。“もしかしてここならやっていけるかも”と、意を決して「就職したい」と直談判し、そのままWebディレクターとして採用されました。

独自の方法で、働く土壌を得たんですね。地方女性の生の声を集め始めていかがでしたか?

最初はとにかく手を動かすしかないという思いで、中高の友達に連絡して話を聞くことから始めました。多様な意見を聞くうちに、聞けば聞くほど分かんない……!と混乱。それでも「仕事の選択肢が少ない」「女性は結婚して家庭に入るという風潮がある」といった、地方の女性が感じる共通の壁が見えたんです。やっぱり、私が就活で感じた違和感は地方の女性流出の課題につながっているんだなと確信しました。高齢男性が議論の中心にいる社会だからこそ、“私が声を上げて、この声を可視化させないと”という思いが芽生え、ますます活動にのめり込んでいきましたね。

やりたいことに集中するため退職するも、バーンアウト。
心身面も収入面も、余裕ゼロに……

迷いながらもプロジェクトは発進。順調に思えますが、その後、会社を退職されたのは、どんな理由からでしょうか。

当時私は、会社とは別に起業家支援のプログラムにも参加していて。プログラムに夢中になっていた時期は、会社から帰宅後、深夜2、3時まで宿題をやっていたんです。それプラス、プロジェクトの取材や動画編集もありました。社長の言葉きっかけで始めたプロジェクトですが、社内での事業化にはハードルが高く業務外で活動していたため、とても仕事と両立できない状況でした。会社の面談でも「最近、やるべきことができてないよね」と言われるように。半年間ぐらい悩みましたが、まずはいったん、考える時間が欲しい……!と、転職先も決めずに辞めることにしたんです。

1人暮らしをしていたアパートを退去したときの気持ちは、今もすごく覚えてます。地元だけど、親に頼らず、自分でお金を稼ぎ、自分で手に入れた生活ですから。ここを手放さなきゃいけないんだという悔しさでいっぱいでした。いざ、実家に戻ってからは、バーンアウト(燃え尽き症候群)じゃないけど、1、2ヵ月間、ひたすら寝ているだけでした。何もやる気が出ないまま1日が終わっちゃう。やりたいことに集中しなきゃと思って仕事を辞めたのに、どうしてもできない……。父から、「家にいるならお金を入れて、ちゃんとしてほしい」と言われ、悶々としているとき、たまたまプロジェクトのSNSを見たテレビ局から取材依頼が来たんです。

時間差で、以前まいた種が芽吹いたんですね。テレビに出たことで、変化はありましたか?

それほど話題になるとは思わないで取材を受けたんですが、放送後、プロジェクトの取材や講演の依頼が来るようになって。代表として本腰が入ったのは、そこからかもしれません。活動を仕事にするにはどうすればいいか、集めた地方女性の声をどう生かすか。自分にしっかり軸があるように見せなくちゃという気負いも、必要以上に生まれた気がします。

活動が軌道に乗ってきたからこその、気負い。精神的な葛藤もあったのではないでしょうか。

そうですね。“代表としてしっかりしなくちゃ”という思いと、現実とのギャップに苦しみました。「自分の生活に余裕があって、意識が高いからそういう活動をしてるんでしょ」と言われることがあって。だけど、実際は余裕なんかまったくなく、心身も収入もめちゃくちゃ不安定でしたね。

収入で言うと、講演は1回5万円くらいで月1回あるかどうかですから、去年は甲府の映画館で週4日アルバイトしていました。疲れてくると、“せっかく大学まで出たのに、なぜこんなことをしているんだろう”と心でつぶやき、次の瞬間、自分の中に偏見が潜んでいたことに気付いてハッとしたり。アルバイトと両立するつもりが、落ち込んでプロジェクトも進められない。悪循環の中にいましたね。

全てが不定期の二足のわらじでも、
30代の目標は、見えてきた

そんな悪循環から抜け出すために、何か考えたことやトライしたことはありますか。

“何か手に職があれば、オフの時間はやりたいことに充てられるかも”と思い、プログラミング言語の勉強を始めました。前の職場でエンジニアの先輩がいて、知識さえ身に付ければきちんと稼げる仕事だと知っていたんです。プログラミングの講師になる養成講座を山梨県でやっているのを先輩に聞いて半年間くらい勉強して、今年の春からフリーでプログラミングの講師を始めました。今は新卒の会社員に向けてビジネスマナー込みで教えているんですが、すごく楽しいです。

プロジェクトとはまったく別の仕事ですが、そこに楽しさを感じられたら気持ちの余裕も生まれそうですね。今は、どんな生活ですか?

全てが不定期です(笑)。ほぼ毎週、プロジェクトの取材やイベント、勉強会などのために山梨から東京に通っています。正直、移動でエネルギーを持っていかれますね。ただ、収入面は、プログラミングの仕事の基盤がある安心が大きいです。普通の仕事に比べたら高収入だし、生活ができる見通しが立ちました。

この1年、プロジェクトの活動をするにあたって、自分自身が安定していることがいかに大切かをすごく感じたんですよね。活動自体が、もうかることはないけれども、持続させられる程度にはしていきたい。そのためにも、やりたいこととは別の軸がある安心感。しばらくはプログラミング講師と、プロジェクト活動の二足のわらじを続けていきたいと思っています。

今後も、地元山梨には住み続ける予定でしょうか。

そうですね。私がやっているのは、地元を出て行っちゃった人の課題を聞くことと、その土地が抱えている課題を見つけること。その課題をどう解決して変えていくかを考えると、やっぱり地域の企業を巻き込みたい。子どもの頃は、360度山に囲まれたこの街に息苦しさを感じたこともありました。でも今、自分が地元で活動することに意味があると思っています。

理想は、東京にも部屋を借りて、山梨との2拠点生活。または、海のある土地で自分が移住者になってコミュニティを築いていくっていうのもいつかはやってみたいですね。

現在26歳。今後、どういうふうに歳を重ねていきたいか、生き方や仕事について何かイメージしているものがあれば教えてください。

まだ結婚とかはあまり考えていなくて、とにかく自分の時間を大切にしています。特定の誰かといる安心よりも、目的に応じていろんな人と関わるのが心地いいんですよね。将来、子どもを持つ選択をするとなればリミットがありますが、今は自分の軸を大事にしたいと思っています。

プロジェクトに関しては、女性の課題を解決するために、制度や仕組みを変えるところにアプローチできる方法を模索していきたいです。見過ごされてきた声を社会に伝えていくために、同じ話を何度でもし続ける根気強さが必要だと感じています。地に足をつけて、一歩ずつ進んでいきたいですね。

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