働く場所×家族関係のモヤモヤ! 3人の子・妻と離れ単身赴任。距離をつなぐ、新しい家族の形
約10年前、パートナーの地元に近い福岡に転勤し、マンションを購入したKさん。しかし、3人目の子どもをもうけた数年後に、高知への転勤が決まります。転勤に慣れているとはいえ、初めての単身赴任。さまざまな不安を抱え家族と離れたものの、現在ではむしろ“家族の絆が深まった”そう。ご自身の不安や子育ての課題を乗り越えてきた経緯を、Kさんに伺いました。
PROFILE
K.Hさん
46歳
千葉県出身。都内の大学を卒業後、大手金融機関に入社して以来、現在まで同じ会社に勤務してきた。仕事柄転勤が多く、2015年には福岡に異動。家族で移り住んだものの、2019年に高知への異動が決まり、現在は福岡に住む家族と離れ、単身赴任をしている。家族構成は、パートナーと3人の子ども(14歳の長女・12歳の長男・8歳の次男)の5人家族。趣味はオンラインゲーム。

“首都圏第一”の考え方が変化
子どもと過ごす時間を求めて、福岡へ
現在、福岡にお住まいのご家族と離れて高知に単身赴任中とのことですが、もともと転勤が多い会社なのでしょうか。
はい。全国に支店があり、4、5年おきに転勤があります。これまで大阪、東京、福岡、そして現在の高知と、各地で働いてきました。入社時から転勤が多いことは承知していましたが、“個人の希望も考慮に入れて転勤を判断する”と聞いていたので、当初は楽観視していました。とはいえ、実際には希望どおりにいかないことも少なくありません(笑)。僕、実家は千葉ですが、中学・高校・大学と東京の学校に通っていたので、東京にはなじみがあったんです。最初に配属されたのは大阪の支店だったのですが、数年たってから、どうしても東京に戻りたくて転職活動を始めたんですね。それで無事に転職先が決まったんですが、それを聞いた上司から「東京で働かせるから、辞めないでくれ」と言われまして。ギリギリ会社にとどまり、そこからしばらく東京の本社で働くことになりました。
入社時に頭で分かっていても、実際働いてみると、やはり慣れ親しんだ環境の方がいいと感じられたんですね。
そうですね……、最初は“働くなら首都圏がいい”と思っていました。でも、その考えは東京で働いていると、次第に薄れていきましたね。というのも、当時は千葉の賃貸マンションから東京まで通勤しており、始業が早い上に通勤時間も長く、毎朝5時半に家を出て帰宅は夜9、10時という日々でした。すでに長女と長男が生まれていたのに、子どもと過ごす時間が極端に少ないことに不満があって、実は福岡への転勤も、私から会社に希望を出したのです。
生活環境を変えたいという気持ちが生まれたとき、なぜ福岡を選んだのでしょうか。
福岡を希望した理由はいくつかあります。妻の実家が佐賀にあり、帰省のたびに福岡へ立ち寄る中で、街の環境のよさを実感していたこと。家賃相場的にも、通勤2、30分圏内に住める見通しが立ったこと。さらに、自分のキャリアを見据え、大きな支店で管理職を経験しておきたいという思いがあったことです。子どももまだ小学校入学前で、転校の心配がないタイミングでもあったため、福岡への転勤を希望しました。
初めての単身赴任に募る不安
そこにやって来たコロナ禍という転機
実際に福岡に住んでみて、いかがでしたか?
思ったとおり、快適でしたね。地方都市とはいえ、家は博多駅からも近いので十分都会ですし、勤務先からバスで20分程度であり通勤に疲れることはありません。望みどおり、家族と一緒にいる時間も増えました。
最初はマンションを賃貸していたのですが、転勤から1年後の2016年に購入を決意しました。会社の住宅補助制度が賃貸物件だけでなく、持ち家にも適用されるということが分かったので、このまま家賃を払い続けるよりも、買ってしまった方が資産にもなるし有益だろうということで、妻と相談して購入することにしたんです。
福岡に根を下ろすことを決めたんですね。ですが、同じ会社で働き続ける以上、それ以降も転勤がないとは限らないですよね。そのあたりはどう考えていましたか?
定期的な転勤が避けられないことは、ある程度織り込み済みでした。“次の転勤のときには単身赴任になるだろう”と、一応腹はくくっていましたね。ただ、実際に高知への異動が決まったときは、あまりにも話が急だったので驚きました。「僕、何か悪いことしちゃったかな?」と左遷を疑ったぐらいです(笑)。ところが、話を聞いてみると、実際は将来の支店長候補育成を目的とした転勤であるということが分かり、役職も課長から統括マネージャーへ昇進することになったので、前向きな気持ちで受け止めることにしました。
腹をくくっていたとはいえ、実際に単身赴任するとなると、不安は少なからずありますよね。
正直、めちゃくちゃありましたね(笑)。まず高知という場所が生まれて初めて行く、なじみのない土地だったので、そういった場所で慣れない一人暮らしをすることに不安がありました。仕事の面でも不安は大きかったです。勤務形態が、提携先の関連会社の支店に出向するという形だったので、知らない人ばかりの環境で新しい人間関係を築いていく必要があります。そして支店の統括として、支店をよくしていかなければならないという重責にもプレッシャーを感じていました。
それに加えて、帰省の問題ですね。会社の制度上は月に3回まで帰省が可能でしたが、福岡への飛行機が1日2便しか飛んでいないので、金曜日の仕事終わりに飛行機で帰るということができなくて。それで電車という手段になるのですが、福岡まで5時間もかかるので、到着するのが結局、深夜0時にはなってしまうんですね。
転勤前から不安が尽きなかったのですね。実際に高知での生活を始めてみて、いかがでしたか?
単身赴任してからしばらくは、苦労をしながらも月に3回は帰省して家族に会っていたんですが、数年後にコロナ禍が来て、福岡に帰ることがまったくできなくなってしまったんです。そのきっかけが大きかったですね。物理的に会えなくなったので、家族も僕も、お互いに諦めがついたというか。実際に会うことに代えて、少しずつでも家族と一緒に過ごす時間を増やしていったんです。毎日テレビ電話で通話するようになったり、妻も僕もオンラインゲームが好きなので、子どもたちも含めて家族でオンラインゲームをして、そこでコミュニケーションを取るようにしたり、別の部屋にいるような感覚で間接的な接触を増やすことで、物理的な距離による寂しさを克服していきました。
離れて暮らすからこそ芽生えた家族の絆
環境の変化は必ずしも悪いことではない
単身赴任を始めてから6年近くがたちますが、家族の関係などに何か変化は起きていますか?
初めはいろいろ不安があったのですが、今ではむしろ家族の絆が、以前より深まったなと感じています。家族みんなで福岡に住んでいる間、家族と過ごす時間は確かに増えました。ただ相変わらず朝は早く、夜は遅い生活で、“いつでも会える”という気持ちもあってか、子どもとの会話や、遊ぶ時間は思ったほど増えませんでした。土日も疲れが残り、子どもとの約束より自分の時間を優先してしまうことが多かったように思います。ですが、単身赴任後は会える機会が限られたことで、子どもと過ごす時間の大切さを痛感するようになりました。
僕は“遊ぶときは遊ぶ”と、メリハリをつけて家族と接することができるようになりましたし、子どもの方も、今までは“パパ、忙しそうだから声をかけづらいな”と遠慮をしていたところが、“今度、パパと会ったら何をしよう、何を話そう”と考えるようになったそうです。結果的に、お互いに濃密な時間を過ごせるようになったように感じています。
関係性がむしろ良くなったんですね!一方で、物理的に離れると家事・育児の分担が難しくなると思います。ここはどのようにバランスを取っているのでしょうか?
どうしても妻の負担が増えてしまっており、その点は申し訳なく思っています。一方で、離れて暮らすことで生まれたよい点もあります。以前は同居ゆえに、つい子どもに小言を言いがちでした。でも今は、普段は会わない分、少し子どもたちを俯瞰して見られるようになりましたね。小言を言わない代わりに、帰省中は、子どもたち3人それぞれと2人だけで話す時間を設け、困りごとをじっくり聞き、必要なアドバイスをするようにしています。日々の小さな注意は妻から、大きなことは僕からと親の役割が分担されることで、以前よりも効果的にしつけができているように感じますね。
単身赴任後の方が、むしろ家族と接する時間を満喫できているようですね。
はい。家族と離れて暮らすことで、子どもへの接し方も含めてものごとを客観的に見られるようになり、性格も穏やかになったと感じます。子どもたちからも「単身赴任してからの方が、パパとママは仲がいいね」と言われます(笑)。振り返ると、福岡で一緒に暮らしていた頃は、私も家族もどこかにモヤモヤを抱えていたのかもしれません。単身赴任で不安が増えると思っていましたが、結果はその逆でした。
今後も、定年までは転勤が続く見込みです。ただ、これまでの経験から転勤や単身赴任を前向きに捉えられるようになり、大きな不安はありません。環境の変化は決して悪いことではなく、自分の成長につながり、新しい視点を得られるという点で、家族関係にもよい影響を与えうるものだと思っています。現在は福岡に拠点がありますが、子どもたちが独り立ちしたら家を売って、妻と別の場所で暮らすという可能性もあります。これからも柔軟に、前向きにものごとを捉えながら人生を歩んでいきたいです。