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みんなの人生ピカっとのぞき見! Vol. 17

家業継承×自己実現のモヤモヤ! 離島の牧場を二世代で経営!親の期待と自己実現のはざまで選んだ道

鹿児島・奄美群島の一つ、喜界島で生まれたAさん。高校卒業後に東京へ進学したものの、実家は牧場を営んでおり、家業を継ぐか、自分のやりたいことを追求するか、葛藤を抱えながら進んできました。そんな彼女はなぜ、島に戻って家業を継ぐことを決意したのでしょうか。悩みながらも、道を切り開いてきたAさんのこれまでを伺いました。

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PROFILE

A.Hさん

28歳

鹿児島県喜界島出身。実家は、牧場を経営。高校卒業後、18歳で上京し東京の専門学校、旅行会社勤務を経て、写真関連の複数社で働く。さまざまな葛藤を経て、コロナ禍に家業を継ぐことを決意。24歳で東京滞在中に知り合ったパートナーと結婚し、共に島に戻って牧場で働き始める。現在1歳半の娘を育児中。将来的には、乳処理施設の設立による加工品販売拡大を目指し活動している。

牧場を継ぐことを期待された子ども時代 
悩みながらも東京へと進学

まず、現在のお仕事についてお聞かせいただけますか。

実家が地元の喜界島で牧場とサトウキビの兼業農家をしていまして、そこで両親、夫、従業員2名の6人で働いています。主に将来ブランド牛となる子牛の繁殖とヤギの酪農を行っている牧場なのですが、私が担当しているのは、牛とヤギの飼育です。また、ペット用のヤギミルクのウェブ販売も手掛けています。ただ、2024年に娘が生まれてからは育児がメインになっていまして、お仕事は少しお休み気味です。

高校を卒業してから一度地元を離れて、東京で働いていたそうですね。子どもの頃は、家業に対してどのような思いがありましたか?

牧場で働く両親の姿を見て、子どもながらに大変な仕事だなあと感じていました。土日祝も関係なく朝から晩まで働いてましたし、中学校に上がるくらいまでは「大人には休みがないんだ」と本気で思っていました(笑)。私も、幼稚園児のときくらいまでは牛舎の掃除とか、いわゆる小さい子どもなりの“お手伝い”をさせてもらってましたが、あるとき、牛舎で転んでフンまみれになってしまい……それ以来、牧場には寄り付かなくなりましたね。小さい頃から、「将来は、牧場を継ぐの?」という話は、冗談めかしながらも集落の人からずっとされていました。私には12歳離れた姉がいるのですが、姉が島を出て結婚してからは、私に対する期待もぐっと高まったように感じます。両親からも「あなたがやらなかったら、誰がやるの?」と常々言われていて、私自身もその期待には応えたい気持ちがありました。「継ぐよ」と答えると周りの人も喜んでくれるので、そう口にしてはいたのですが、中学生・高校生と年齢を重ねるにつれ、“本当に自分がやりたいことなのだろうか”と悩むようになっていきました。

周囲の人からの期待と、自分の本心との間で、揺れていたんですね。高校を卒業されてから、島を出ようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。

そもそも、島の子のほとんどは高校卒業後に島を出て、その多くが、そのまま出たきりになってしまいます。ただ、私の場合はUターンにもう少し前向きで。というのも高校3年生の頃に、ふとしたきっかけで地域のボランティア活動にいくつか参加したんですよね。そこで、地域を盛り上げるために頑張る大人の姿を見て、牧場を継ぐかどうかはともかく、将来、島に役立つ何かをしたいという思いが芽生えました。そのためにも、島を出てもっと広い世界を見ておいた方がいいだろうなと思い、大都会である東京に行ってみようと考えたんです。

多忙な日々の中、募る島への思い 
悩んだ末にUターンを決断

島に戻りたいという気持ちはあったのですね。東京ではどのようなお仕事をされていたのですか?

島のために役立つ仕事というと「観光」かなと思い、観光系の専門学校に2年間通って、旅行会社に就職しました。ところが実際に働いてみると、想定とは違うことが多くて……。焦りもあったとは思うのですが、“ここで私は成長していけるのだろうか”と思ってしまい、結局半年で退職してしまいました。そこからが、本当に紆余曲折ありましたね。新卒で入った会社をすぐ辞めた後の歩み方がまったく分からなかったので、悩みながら模索を続けたという感じです。

やっぱり牧場を継ごうかなと畜産系の学校への進学を考えたり、写真を撮ることが好きだったので、叔父・叔母が東京で営んでいる写真館の手伝いをしたり。写真に関しては、“これは仕事になるかもしれない”と手応えを感じて、ウエディング関連の会社で働いたり、スタジオに勤めたり、正社員ではなくフリーランスという形で、並行していろいろな仕事に取り組みました。職場を掛け持ちしていたので、その当時は本当に長い時間働いていましたね。

体を壊してしまいそうですね……。なぜ、そこまで一生懸命に働いたのでしょうか。

不安だったんでしょうね。最初の会社をすぐ辞めてしまったので、“自分は何者かになれるのだろうか”、“とにかくスキルを身に付けないといけない”という焦りがあったんだと思います。

その間も、親と電話をするたびに「お父さんもお母さんも、もう60歳だよ。牧場はどうする?」と聞かれていました。私自身も、漠然と島に帰りたいという思いはあったんです。理想を言えば、写真の仕事を続けながら島で暮らしたかったのですが、一方で牧場のこともなんとかしなければいけないという責任も感じていて。「自分は継ぎません」と言うだけでは、とても島には戻れない。とはいえ、1人で牧場をやっていくのは大変だということも分かってはいたので、まずは、“牧場の仕事を面白がって、一緒に継いでくれるパートナーを見つけよう”と考えました。そこでマッチングアプリを利用し、今の夫と出会ったんです。

確かに家業を継ぐにしても、パートナーがいると心強いですよね。実際に島に帰ったのは、どのタイミングでしたか?

ちょうどコロナ禍の時期に、過労で体が限界を迎えてしまったんです。勤めていた会社の社長の勧めもあって、一時的に島へ帰省することになりました。仕事から離れて少し気持ちが落ち着き、冷静に物事を考えられるようになったのでしょうか。早くスキルを身につけたいという思いでとにかく生き急いできましたが、終わりがないことに気付いたんですよね。その滞在を通して、“島に戻りたい”という思いが、自分の中でしっかり固まりました。

そこで、社長に話をして、会社を退社。パートナーにも納得してもらわないといけないので、お試し同居ということで5ヵ月一緒に島に住んで、牧場の仕事を手伝ってもらいました。その後、お互いに将来を考える期間を挟んで、2021年7月に2人で牧場を継ぐことを決意。関東に住む彼の両親も最初は心配気味でしたが、時間の経過と共に納得いただけました。

父も母も自分とは違う“1人の人間” 
円滑な家族経営のための新たな気付き

23歳で家業を継ぐ決意をすることは、簡単なことではなかったと思います。実際に働いてみて、いかがでしたか?

子どもの頃に少し手伝っていたとはいえ、ほぼ未経験のスタート。やはり動物の“生き死に”を扱う仕事なので責任は重いですし、出産の介助などハードな仕事も多いんですね。精神的にも体力的にも負担の大きい仕事なのだということを、働きながら次第に実感するようになりました。

仕事に慣れてくると、だんだんと牧場を将来こうしていきたいというビジョンも見えてくるのですが、親子の間で意見のすれ違いもあって、それも最初は大きなストレスでした。「自分たちも年だから、早く戻ってきてほしい」と言われたから来たのに、いざ一緒に働いたら、両親もまだまだ元気で、仕事を譲る気が全然ないんですよね(笑)。

ご両親がお元気なのは幸いですが、やはり親子で一緒に仕事をするというのは簡単なことではないのですね。

私としては“親のため”と思って継いだのに、蓋を開けたら思いが裏切られることもあって、なんのためにあんなに東京で悩んでここに帰ってきたのだろうと悔しい思いでいっぱいでした。帰省後しばらくは親との関係性が悪い時期が続いたんです。

しかし、20代後半になり、親を“1人の人間”として見られるようになったことで、そのモヤモヤは解消されていきました。血縁者である両親とは、お互いに“理解し合えて当然”という過度な期待を持っていたように思います。ですが、親子であっても本来は、自分とは違う性格、考えを持つ“1人の人間”。パートナーと理解し合う努力をして家族になったように、親子という関係性の中にもその努力が必要だったことに気付きました。

また、親とのすれ違いを親のせいにしていたのは、私自身が“親の期待に応えよう”という感情で実家を継ぐ選択をしたからだと、ふに落ちたんです。当時、親の意見を抜きにして、自分自身がどうしたいかにもっと正直に向き合えればよかったと思っています。

価値観が違うのは当然だからこそ、一緒にいるには、相手を理解しようと努力したり、時には心理的・物理的な距離を取ったりして、お互いにバランスをとることが必要です。この大切な気付きを得てから、親子でぶつかることは少なくなりましたね。

それは家族経営をする上での、大切な考え方かもしれませんね。今後、お仕事で取り組みたいことはありますか?

具体的な目標としては、乳処理施設を整備して、自分たちが搾ったミルクを使った加工品を販売していきたいと考えています。それが今、私が一番やりたいことですね。お菓子作りが趣味で、最近は夜な夜なアイスを試作しているのですが、それもゆくゆくは牧場で販売できたらいいなと思います。

牧場の仕事は正直、自分が“100%これだ!”という気持ちで選びとったものではないという自覚があります。でも今は、私の中にも“牧場をこうしたい”という気持ちが芽生えていますし、何でも楽しめる性格の夫が隣にいてくれることも支えになっています。親に後継ぎとして求められていることと、私自身がやりたいこと。その両方のバランスを取りながら、今の仕事の中で自分が“楽しく働ける”と思える選択を、これからも積極的に選びとっていきたいですね。

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