充足した環境×挑戦のモヤモヤ! 20代最後にワーホリへ。安定を手放して得た “自分と向き合う力”
高校時代から社会人まで、オンオフともに走り続け、気づけば20代も終盤に。“行動しなかったことへの後悔だけはしたくない”。そう思い立ち、ワーキングホリデー(以下、ワーホリ)を利用してオーストラリア・メルボルンへ飛び立ったTさん。異国でゼロから積み上げた暮らしから、“人生で大切にしたいもの”に気付かされたそうです。
PROFILE
T.Hさん
30歳
神奈川県出身、東京都在住。小中学生から海外文化に興味を持ち、高校は国際学科へ進む。大学では経営学を専攻。卒業後は外資系企業でBtoBイベントのマーケティング職に従事し、責任者として企画立案から実行までを担当。2024年7月、1年間の休職中に28歳でワーキングホリデーへ。2025年7月に帰国し、復職。趣味は高校から続けるロックダンス。

仕事も人間関係も充実
それでも消えなかった焦燥感
28歳から1年間、ワーホリへ。決断の背景を教えてください。
一番大きかったのは、“自分と向き合う時間が取れていない”という悩みでした。高校時代は勉強・ダンス部・委員会、大学でもダンスとアルバイトに明け暮れ、社会人になってからはマーケティングの仕事と祖父母の介護、さらに休日は友人との時間も確保したくて……。充実しているはずなのに、ずっと大きな流れに身を任せて生きている感じがしていました。もし、このままなんとなく5年10年を楽しく過ごしたらと考えると、“あのとき、自分と向き合う時間をちゃんと取れていたら”と“タラレバ”を言って、後悔をしている未来が想像できてしまったんです。職場にも人間関係にも恵まれていましたが、その居心地のよさが理由で逆に、“考える余白”を失っているように感じていたんですね。キャリアのこと、英語圏への憧れ……どれも忙しさを理由に後回しにしていて、それが息苦しさにつながっていたんだと思います。
英語圏への憧れは、いつ頃からあったのでしょうか。
小・中学生の頃から洋画が好きで、英語や海外文化に漠然と惹かれていたんです。その延長で高校は国際学科へ。最初は“おしゃれなカフェテリアでランチしてみたい”といった軽い憧れだったのですが、多様な国籍やバックグラウンドを持つ同級生たちと出会う中で、“いつか英語圏で暮らしたい”という思いが強まりました。大学ではアメリカ留学試験に合格したものの、金銭面で断念。代わりにドイツとオーストリアへ短期留学し、世界中から集まる幅広い世代の人たちと学ぶ経験を通して、環境が変わると人生の視野が一気に広がるという感覚を肌で感じました。それ以来、“次こそ英語圏に行きたい”と思い続けていたものの、結局大学時代はかなわず……。“社会人になって、時間とお金ができたら行こう”と考えていたんです。そんな中、襲ったのがコロナ禍。社会全体が止まり、ようやくあのときに、“行きたいと思っても、行けなくなることもあるんだ”と痛感しましたね。このまま、“口だけ”で終わりたくない。“行かずに後悔するなら、行って後悔したい”と強く思いました。
とはいえ、充実した環境を手放すことには、勇気が必要だったのではないでしょうか。
本当に迷いましたね。友達もパートナーも職場も温かく、離れるのは怖かった。しかも当時は休職制度を知らず、退職して転職するつもりで準備もしていたんです。でもやっぱり英語圏への留学は、ずっと願い続けていた夢だから諦めるわけにもいかなくて。そうこうしているうちに介護が落ち着いて、仕事も責任者としての成果を形にできて、“今なら動ける”と自然に思えるタイミングが来たんです。ワーホリの年齢制限も迫っていたので、“これは今しかない!”と。そこで意を決して退職を伝えたところ、なんと上司から“休職”という選択肢を与えてもらいました。自分自身、職場にも仕事内容にも満足していましたし、先輩からの「戻れる場所があるのは貴重だよ」という助言もあり、1年間休職してワーホリに行くことにしました。
誰も自分を知らない場所で
“自分のペース”を取り戻したかった
そうして28歳でオーストラリアのメルボルンへ行ったんですね。なぜこの場所を選んだのでしょう?
まず暖かい気候が好きだったこと、そして“カフェ文化”が盛んなこと。あとは何より、知り合いがいない都市で、ゼロから生活を設計してみたかったんです。同じオーストラリアでもシドニーやブリスベンには友人がいたため、おそらく彼女たちを頼ってしまうだろうなと思って、あえて避けるようにしました。完全に1人で衣食住を立て直す経験を通して、自分を見つめ直したかったんです。
実際に現地に飛び込んでみて、いかがでしたか?
最初の2、3ヵ月は本当に大変でしたね(笑)。住居も仕事もゼロから探さなければならず、“なんとか見つけなければ”という切迫感がありました。実際、ワーホリで来ていた人の中には、仕事や住む家が見つからず、お金が尽きて帰国してしまうケースもあったんです。その一方で、住居詐欺や違法雇用といったリスクから自分を守る必要もありました。会社や学校などの所属を持たず、誰も自分を知らない環境でゼロから生活を始めることは、想像以上に心細かったです。
仕事探しも日本と全然違って、履歴書を何十枚も印刷し、カフェやレストランを回りながら直接手渡ししていくスタイル。そこからトライアルで3時間働き、“使えるかどうか”を判断されるんです。40件ほど飛び込んで、最終的に多国籍スタッフが集まる大きな韓国料理店で働くことが決まりました。住宅についても、いくつも内見して物件を契約し、家賃が高いのでマレーシア人とルームシェアをすることにしました。住まいが見つかるまでの1ヵ月は、日本で決めておいたホームステイ先で過ごし、仕事が決まるまでは節約のために食材も割引品ばかり買っていましたね(笑)。
生活面も含めて、異国での1人暮らしは大変そうですね。心が折れそうになることはなかったのでしょうか。
もちろん、ありましたよ。友達づくりも住まいも職場も、本当に全部自分で開拓していかなければいけない。生活が落ち着くまでは、“あんなに楽しかった日本の生活を離れて、私はここで何をしているんだろう”と感じる瞬間もありました。でも、“すべて自分で選ぶ生活”は想像以上に心地よかったんです。公園の芝生で寝転ぶ、海で親しい友人と何をするでもなく過ごす、ローカル市場で食材を買って自炊する、カフェでゆっくり過ごす……。日本で忙しく過ごしていたころには忘れていた“余白のある時間”に、少しずつ自分が取り戻されていく感覚がありました。
働く中でも大変だったことはいろいろとあります。英語力は日常会話であれば問題ないレベルでしたが、いざ接客するとなると普段使わない表現が多く、ネットで調べたりAIツールを使ったりして接客英語を勉強しながら働いていましたね。 宗教や文化、価値観がまったく違うお客さんから強いクレームが来ることも多く、スタッフ間でも常識の違いから戸惑うことがよくありました。そのたびに、比較的大多数の人と共通の言語や文化を共有できる日本の快適さに気づかされ、自分がいかに“恵まれた”環境にいたか実感したんです。
さまざまな文化的背景を持ち、価値観が異なる人たちと働く環境での葛藤やストレスには、どのように向き合ったのでしょう?
理不尽なことも多かったですが、取りあえず自分が改善できる点を整理し、行動で返すように意識していましたね。それを続けるうちに少しずつ周りから信頼され、仕事も任せてもらえるようになりました。それが自然とできたのは、やっぱり日本での6年半の経験が大きかったと思います。若手でも挑戦させてもらえる職場だったこともあり、“最後は自分でなんとかできる”という感覚は身についていました。
でも根本にあるのは、“今回のワーホリの目的は、自分と向き合うことである”という意識。周りとうまくやっていく必要もありますが、同時に、いかに自分が心地よく働けるかを大事にし、立ち止まる時間を持つように意識していました。
安定より“納得して進むこと”を大切に
何歳になっても挑戦したい
ワーホリでの1年を経て、Tさんの価値観にはどのような変化がありましたか?
一番大きな変化は、“選択の基準が変わった”ことです。行く前は、安定や効率、社会的によいとされる選択を基準に考えている部分が大きかったと思います。でも、1人で衣食住を整えて暮らしてみると、私にとって大事なのは、“自分が心地よいかどうか”“自分で納得して選べているかどうか”なんだと実感しました。仕事についても、日本にいるときは意識することがなかったんですが、“海外で働いてみたい”というよりも、“自分が関わる意義を見いだせるような仕事をしたい” “「Tさんだからお願いしたい」と思ってもらいたい”という気持ちが強いんだと気づいたんです。
今年7月に帰国されてから、暮らし方や働き方に変化はありましたか?
暮らし方も働き方も、大きく変わりましたね。これまでは忙しさを理由に、自分の好きなことや休む時間を後回しにしていました。でも今は、公園を散歩する、美術館に行く、ライブに行くなど、“心が動く予定”を意識して入れるようにしています。
滞在中にルームメイトに言われた「仕事は人生じゃない」という言葉がずっと残っていて。仕事は人生を豊かにする大切な要素だけれど、支配されるものではない――その感覚が身についたことで、日々の優先順位が変わりました。パートナーとも、お互い覚悟を共有していたので、遠距離で過ごす期間を乗り越えることができ、帰国した今は、一緒に暮らしています。
帰国した今、“これからの生き方”について、どのように考えていますか?
ワーホリを通して強く感じたのは、“自分が一歩踏み出せば、想像以上に人生は変わる”ということです。もしワーホリに行っていなければ、今出会っている友人も、経験も存在しなかった。人生は選択次第で可能性が分岐する“パラレルワールド”みたいなものなんだと実感し、より挑戦することが楽しみになりましたね。居心地のいい環境にいても、いくつになっても学び、挑戦する。そんな大人でありたいなと思っています。
勇気を出して行動した結果、これからの人生をより前向きに進む力が身に付いたんですね。
そうですね。やっぱりこの経験を通して、未来の自分が“あのとき行けばよかった、やればよかった”と思いそうなら、行動した方がいいんだなということは改めて感じました。ワーホリに関して言えば、合わなければ、帰ってくればいい。“働いてもいいし、学んでもいいし、旅してもいい”。限られた年齢の人だけの特権ですから。その中で大切なのは、ちゃんと自分の声を聞く時間を持つこと。20代の終わりにそういった時間を持てたことは、これからの人生の大きな土台になりました。今は、“あのとき、行ってよかった”と心から思っています。