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みんなの人生ピカっとのぞき見! Vol. 28

夢の追求×実力主義のモヤモヤ! 険しい道でも、夢を貫き続けるにはどうしたらいい?

友達に誘われて、偶然飛び込んだダンスの世界。気づけばその魅力にどっぷりハマり、プロの道も志すように。けれど現実は甘くありませんでした。思うように道が開けず、もんもんと思い悩むことも。それでも大好きなダンスを諦めることなく、自分のペースで道を模索し続けています。いったい何が彼を前に進ませるのか、その原動力を伺いました。

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PROFILE

Y.Sさん

28歳

新潟県出身。高校で友達に誘われダンスを始めたのを機に表現の魅力に目覚める。高校3年生のとき、ダンス部の全国大会で文部科学大臣賞を受賞。大学のダンス部での挫折を経て独自の道を模索し、2019年よりダンスカンパニーに所属。仏韓での海外公演も経験。現在は東京都内に住み、週4日は非常勤講師として小学校で体育を教えながら、ダンサーとして活動。技術以上に“心が動く瞬間”を大切にし、自身の創作活動に取り組んでいる。

友達に誘われ入ったダンス部 
未経験から全国大会での受賞に

最初にダンスを始めたのはいつですか?

高校1年生のときです。きっかけは、部活動の仮入部期間に友達とダンス部の新入生歓迎パフォーマンスを見に行ったことでした。彼も僕もダンスを踊ることに興味があったわけではないのですが、友達はパフォーマンスにすごく感動しちゃって。彼から入部を誘われました。僕も素敵だなとは思ったのですが、人前に出て何かするようなタイプではなかったので……。「うーん」と迷っていると、顧問の先生に「そこで何ごにょごにょ話してるの? 踊っていきなよ!」と声をかけられてしまって(笑)。断り方が分からず、体験してみたダンスもまったくつまらないわけではなかったので、その勢いに任せて入ったという感じです。

本当に思いがけないスタートだったんですね。人前に出ることに苦手意識があったと思いますが、実際に入ってみてどうでしたか?

最初はやっぱり、“楽しい”よりも“恥ずかしい”という気持ちが勝っていましたね。けれど何度か舞台を経験し、2年生になって先輩としての責任も芽生えてきた頃から、少しずつ気持ちも追いついてきたんです。それまで、人前で踊るなんて自分には考えられないことでしたが、“意外といけるかも”、“僕も踊っていいんだ”と思える瞬間が増えていって、そこからダンスがどんどん楽しくなっていきました。
それに、部活で取り組んでいたのが“コンテンポラリーダンス”だったのも大きかったと思います。柔軟性のあるジャンルで、自分で動きをつくってもいいし、動き方に正解があるわけでもない。決まったステップや難しい技ができなくても成立する、そういう自由度の高さが、“未経験の自分にも何かできるんじゃないか”って思わせてくれたんだと思います。

ダンスを通じて“自分の殻を破った”という感じがしますね。その後、ダンスが”いち部活動”から、“大学以降も続けていきたいもの”に変わったのは、いつですか。

高校3年生の夏、毎年行われる創作ダンス部の全国大会に出場したときでした。うちの高校は強豪校の1つではあるものの、年によって受賞できたりできなかったり、という感じだったんです。でも、僕の代は部全体のモチベーションが特に高く、みんなで高め合った結果、優勝相当の文部科学大臣賞を取ることができました。受賞はもちろんうれしかったですが、僕にとっては、そこに至るまでの過程もすごく記憶に残って。作品の世界観を最大限表現するには、身体的なトレーニングだけでなく、一人ひとりがテーマへの理解を深める必要があるんです。だから大会に向けて部員同士で何度も話し合ったし、遠征先のホテルでは、議論を重ねるうちに、これまで秘めてきた互いのコンプレックスや傷まで打ち明け合う時間もありました。そんな時間を積み重ねた上で、みんなで同じ目標を達成できた、その体験が本当に何事にも代えがたくて。そのときに、“みんなで一体となって、一つのものをつくり上げていく。この体験をこれからもしたいな”と思ったんです。

挫折の先に見えた 
プロダンサーとしての道筋

卒業後は、ダンス部のある大学に進学されたそうですが、そこでも楽しんでダンスに取り組めましたか?

その大学のダンス部も強豪として知られていたのですが、実際に入ってみると、その強豪たるゆえんが分かるというか。練習も厳しいですし、徹夜で舞台の道具を作ることもありますし、かなりストイックな活動内容で。またダンスの方向性も、高校のときに体験したコンテンポラリーダンスとは違って、発想の自由さよりも“技術を競う”雰囲気があり、自分は楽しさを実感することができませんでした。

“このままではダンス自体を嫌いになってしまう”、そう感じて、2年生の初めに不本意ながら退部。ダンスをやりたくて進学したので、この結果は本当にショックでしたね。僕のいた体育科は何かしらの部活動に所属することも学びの一つという風潮があったので、無所属としては、正直肩身が狭かったです。

目標を失ってしまった状況で、ダンスへの向き合い方はどのように変化しましたか?

“辞めたからには、なんとしてでも別の形で続けてやるからな”という意地が反動的に生まれました。そこから僕なりの、道の模索が始まった感じですね。大学に通いながら、振付家の主催する若者向けの公募プログラムやオーディションに応募してみたり、コンテンポラリーダンスの拠点として知られる小劇場に通って、そこで定期的に自分の作品を発表したり。足を止めるとそれこそ気持ちが落ちてしまいそうだったので、前に進み続けたんです。

地道な活動でしたが、成果はあったと思います。なかでも大きかったのが、ある振付家との出会いでした。その方は現在50代で、業界でも名の知られた存在。ただ、ダンスを始めたのは25歳と、僕よりずっと遅いスタートだったんです。最初は会社員として働きながら活動を続け、今では第一線で活躍しています。“地道に続けていれば、自分のタイミングで花開くこともある”、そんなロールモデルを示してくれたことが僕の背中を押し、卒業後もプロのダンサーを目指していくきっかけとなりました。

他人と比較してしまいそうなときは 
“今”に全力で集中する

“ダンスを仕事”にするというのは、大きな決断だったと思います。ただ、その道のりも険しそうですね。

そうですね。ダンサーとして食べていくのは正直、簡単ではありません。ダンスが公共文化として認められている国に比べると、日本は、まだまだダンサー個人への支援が十分ではないとされていて。実際、プロとして活動していても、ダンスの収入だけで生活できている人は、そんなに多くはありません。

またダンスの世界は“次に何を目指せばステップアップできるのか”という基準が、とってもあいまいなんです。成功のコツが体系化されてないからこそ、なんとしても業界に残り続けようとする粘り強さというか。精神的なタフさが求められる現状があります。

そう考えるとプロのダンサーを志すというのは、相当勇気のある決断だったのではないでしょうか? なぜ、その決断ができたのか気になります。

正直、そこはきっぱり決断できたというよりも、グラデーションのように少しずつ意思が明確になってきたという感覚が近いですね。大学のときも“楽しいから、もうちょっと踊ってたいな”と思ってダンス部に入部したし、その後も、“踊りを仕事にしたいな”とはなんとなく思っていたけど、実際にどうやったらいいのかはよく分かんなくて……。だから、ダンサーとして食べていけるという確信も最初からあったわけではありません。やはり、ロールモデルとなるような人との出会いが僕にとっては大きく、そういった方々との交流を通じて、少しずつダンスを仕事にしようという決意が固まっていった感じです。

確信は持てなくても、いったん前に進んでみるという選択もあるんですね。卒業後の活動方針については、具体的なイメージはあったのでしょうか。

大学在籍中に、先ほど触れた振付家が主宰するダンスカンパニー(ダンサーや振付家が集まり、作品をつくって公演するチーム)に所属することができました。なので、そこでの活動を中心に生計を立てていくつもりだったのですが、卒業のタイミングがちょうどコロナ禍と重なり、卒業後はダンスの仕事がほとんどない状態になってしまったんです。それでもダンスを諦めようという気にはなりませんでした。

続けるためには、別の収入源を確保しなければいけない。そう考えてたどり着いたのが、小学校での体育非常勤講師の仕事でした。ダンスカンパニーの人から紹介してもらったのですが、大学で教員免許を取得していたのと、体を動かす仕事なので、僕にはピッタリだと思いました。現在も週4日、非常勤講師として働きながら、ダンスカンパニーに身を置き、ダンスの活動に取り組んでいます。仕事は非常勤のため昇給は望めませんが、ダンサーとして歩んでいくための安定した生活基盤になっています。

困難に直面しても、柔軟に道を模索されているんですね。それでも、活動の最中に夢を諦めてしまいそうになることはありませんか。

自分と他者と比較して実力不足を感じてしまい、心が折れそうになるときはありますね。この業界には、僕よりももっと早い段階からダンスを始めた方もいます。身体能力も、持って生まれた才能による部分が大きい。僕は別に小さい頃からバレエを習っているわけでも、バク転ができるわけでもないですし、才能に恵まれた人を見て落ち込むこともあります。でも、そんなときこそ、“今”に集中するということを意識しています。今、自分は何を信じているのか、何を楽しんでいるか、“今”を信じて、それに集中し続けさえすれば、結果的にどこか自分の納得のいく場所に流れ着き、形になるだろうと考えています。

そして、僕が信じていることというのが“ダンスで心を動かされる”瞬間です。時としてダンスは、“生きていてよかった”と思えるほどの感動をもたらしてくれることがあるんです。そして、その理由となるのは表面的な技術だけじゃなくて、意外と、その人のたたずまいだったり、踊りに向き合う姿勢だったりして。自分もダンスを踊りながらそんな、“心動かされる瞬間”に立ち会いたいし、見てくれる人が“心動かされる瞬間”をつくりたい。そのために、自分はダンスを続けているんだと思います。

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