アドレスホッパー×将来設計のモヤモヤ! 都心から離れ、農園を回る生活へ。心が喜ぶ暮らし方とは?
19歳でコーヒーの世界と出合い、豆の品質を味や香りで評価する「カッピング」の世界大会では第2位を受賞したAさん。しかし、都会で働くことにだんだんと違和感を抱き始め、果樹園の季節仕事に関わることに。オリーブが実る時期は小豆島、ぶどうの時期は山梨、みかんの時期は愛媛へ……。自然のリズムと人の縁を大切に、Aさんが自らの体験を通して選び取る働き方とは?
PROFILE
A.Sさん
31歳
愛知県出身。大阪の調理師専門学校卒業後、愛知のコーヒー店に4年間勤務。23歳のとき、コーヒーのカッピング(風味や特徴の違いを判別するテイスティング技術)競技において、ハンガリーで開催された世界大会で第2位を獲得。海外でのワーキングホリデーを経て、神奈川と東京のコーヒー店を並行して4年間勤務。28歳でコーヒー業界を離れ、果樹園を巡る季節仕事を選択。現在は、愛媛のみかん農園で働いている。

19歳で出合ったコーヒーの奥深さ
“味覚”の部門で世界第2位を獲得
Aさんは、以前コーヒーのお仕事をされていたんですよね。
もともと、お菓子を作ることが好きだったので、調理師専門学校のカフェコースに入学しました。でも、調理よりもコーヒーの授業が一番面白かったんですよ。卒業後は、地元・愛知のコーヒー店が求人を出しているのをたまたま見つけて、就職したんです。私の入社と、オーナーが豆を焼く人を育てようとしていたタイミングが偶然重なって、なかなか経験できない焙煎の作業もやらせてもらいました。オーナーがあまりお店にいないので、私が焙煎して、ドリップもして、フードも作って、食材の発注もして、スタッフのシフト表も作って、店のことは調理から管理まで全部やっていましたね。
20代前半でお店を切り盛りしていたんですね。コーヒーの世界大会に出場されたこともあるとか。
オーナーがコーヒーの競技会に対して積極的で、私もなかなか「ノー」と言えず(笑)、入社当時からエントリーしていたんです。私が出ていたのは、風味や特徴の違いを確かめて間違い探しをする「カッピング」部門。やっていくうちに、“自分は鼻が利くらしい”ということに気づいて。極め続けた結果、23歳のときに出場した世界大会で2位を受賞しました。
かなり本格的に取り組んでいたんですね。その後も引き続き、コーヒーのお仕事をされたんですか?
そうですね。コーヒー店で勤務している間に2泊3日の焙煎合宿もあって。そこで神奈川のコーヒー店のオーナーと出会ったんです。その後も気にかけてくださっていたのでお店へ遊びに行ったら、スタッフさんたちが楽しそうに働いていて、いいお店だなと思いました。その後、語学留学でフィリピン、ワーキングホリデーでオーストラリアに、合わせて約1年行っていたのですが、戻ってきてからはその神奈川のコーヒー店にお世話になることに。少ししてから、オーストラリアで出会った友人が都内でコーヒー店をオープンしたので、そちらの店舗も手伝うことになりました。
才能にも恵まれ、順風満帆な印象ですが、なぜコーヒーの世界から離れることになったのでしょうか。
私、もともと、都会が合わないんです。小さい頃から、都会や人混みに出ていくと、すごく体調が悪くなっていました。だからこそ“若いうちじゃないと行けない”と思って、神奈川と東京の都心部で勤めたんですけど、体がしんどくなってきて、ついに限界がきてしまって……。後になって気づいたんですけど、電車移動が一番の原因だったと思います。
コーヒーが好きだからこそ一旦離れ
季節や旬に応じて移動する仕事に
地方に移ってコーヒーの仕事を続けるという選択には至らなかったんですね。
実は、コーヒーも体に合っていなくて。ものによりますが、いっぱい飲むと頭が痛くなったり、手が震えてしまったりするんですよね。でも仕事上、ある程度は味見も兼ねて飲まないといけない。だから、コーヒーを心から楽しむことができていなかったんです。休みの日は“休肝日”じゃないですけど、“休コーヒー日”にしないといけなかったので、カフェ巡りも全然できてなくて。そういうことが積み重なって、“コーヒーが好きだからこそ、提供する側ではなく、楽しむ側になりたい”と思うようになりました。離れてみて、一歩引いたところからまたコーヒーを知りたいなって。職業自体はすごく好きなので、離れるのはちょっと寂しかったですね。
そうだったんですね。そこからどのようにして、季節に応じて農園を移動する働き方へシフトチェンジしたのでしょうか。
“地方に拠点があったらいいな”と思っていたときに、大学卒業後からずっと農園を転々と移りながら仕事をしている幼なじみを思い出したんです。連絡してみたら、「これから秋だから、みかんの作業で愛媛に来る?」って誘われて。まだ行ったことのない場所が多いし、その土地の人たちがどうやって生きているのかを知りたくて。旅行ではなくて、行って、住んでみて、空気を感じたいなと思って、農園のアルバイトを始めました。
実際に愛媛で住んでみて、働いてみて、いかがでしたか?
海がきれいだし、山もなんだか穏やかでいいし、人が優しいし、“なんかいいところに来たなぁ”と思いました。最初は 3ヵ月間のつもりだったんですけど、「そっちの農園が終わったらうちの農園に来んか?」って声がかかって、別の農家さんの手伝いに行くことになったんですよ。気が付いたら5ヵ月間がたっていました。
その後は、神奈川のケーキ屋さんを1ヵ月間くらいお手伝いして、5月から7月までは山梨のぶどう園へ。ぶどうに袋掛けをして、大きくなるのを待つ間の8月は、友だちのカフェを手伝いに行きました。その後、小豆島でオリーブの収穫。そこから、北海道の牧場で牛の世話をしました。最初の1年はそんな感じでしたね。
それから丸3年がたちましたが、愛媛のみかん農園には足を運び続けています。毎年「来年は来られるかどうかわからないですよ」と言って出てくるんですけど、時期になると「で、今年はいつ頃から来られそうかな?」って連絡があって、結局、ここに来ることになるんです(笑)。
“人とのつながり”をとにかく大切に
考えている時間があったらやってみる
Aさんの今の生活について、教えてください。
農家さんが提供する寮に滞在することが多いですね。場所によりますが、光熱費も負担してくれますし、食費も特にかからない。農家さんのご厚意で、お米や作った野菜、釣った魚をいただくことが多いんです。でも、生活に十分なゆとりが生まれるほど稼げているわけではありません。時給のアルバイトなので、雨の日は仕事ができないですし、その分お給料は減ります。農家さんによっては移動費を出してくださるところもありますが、必ずしも満額ではないですし、出ないところもありますね。
ただ私は、お金がなくてもあまり困らない人間。生きていればオッケー、みたいな(笑)。もちろん、ある程度大きな金額のお金が必要なときもあると思うんですけど、将来に対する漠然とした不安から、“稼ぐこと”を意識しすぎている人もいるんじゃないかなって。でも、私生活よりも長い時間を費やすのが仕事。その仕事が嫌になったら、しんどすぎると思うんです。私は、自分に合った仕事をしているなら、その収入に見合った生活でいい。なので、収入がそれなりなら、それなりの生活をしようという考え方ですね。
移動しながらの生活を続けるモチベーションは何でしょう。
単純に楽しいですね。私には外で体を動かしているのが合っていて、力仕事も苦じゃないんです。農家さんはいい人が多いですし。たまたま果樹園とご縁があったのもラッキーで、木の世話がすごく面白いですね。木の剪定(せんてい)をアルバイトに任せることはあまりないみたいなんですけど、農家のおじちゃんが、やらせてくれるんですよ。果物を育てる上で大切な作業だからこそ、こうやって木のことをいろいろ教えてもらえるのは、本当にありがたいですね。
でも今は、次の着地点を考えていて。とりあえずもう1回定職として、コーヒーの仕事をやってみようと思っているんです。
3年間、コーヒーと距離をとったことで、また前向きに関わる気持ちになったのでしょうか?
そうだと思います。農園の仕事の合間に、1年に1ヵ月くらいコーヒー店の手伝いを入れていたので、完全に離れていたわけではなかったんですけど、“コーヒーを楽しむ側”に戻れたのがよかったのかも。そろそろコーヒーとの“折り合い”がつけられそうな気がしたし、収入の主軸があった上で農園のお手伝いをやった方が楽しいだろうなと思ったんですよ。とりあえずは、コーヒーの仕事をベースにして、農園のお手伝いを続けようと思っています。
知人が長崎でコーヒー店をやっているんですけど、焙煎する人が欲しいとなったときに私のことを思い出したらしく、「うちの豆を焙煎してみない?」って声をかけてくれたんですよ。とりあえず長崎のお店に遊びに行って話を聞いてみたら、環境も仕事の内容も自分に合っていそうだったので、働くことに決めました。お店にずっと入らなくていいそうなので、農家さんのお手伝いにも行けるし。そのバランスだったら、またコーヒーと付き合っていけそうな気がするんです。果樹園のお手伝いも好きだけど、ゆくゆくは自分の木も欲しいですね。
自分に合う働き方を見つけることは、なかなか大変だと思います。Aさんが進む道を決めるときに大切にしていることを教えてください。
周りの人を大事にしたら、選択肢はいっぱいもらえると思っています。今までの私がそうだったので。例えば自分が誰かに教える立場になったとしても、逆にその人から違う道を教わることもある。そういうつもりで付き合っていなかった人から仕事の話をポンといただくこともあるし、やっぱり大事なのは“人のつながり”ですかね。
あと、何かをやるか、我慢するかを迷っているときに、“明日死ぬかもしれないぞ”って1回考えるんです。私はもともといろいろ考えすぎて諦めちゃうタイプなのですが、“いやいや、この考えている時間があるなら、やればいいじゃない”って考えるようにしています。人に迷惑をかけることじゃなかったらやったらいいと、そう自分を鼓舞しながら、生きています。