スポーツ×プロの道へのモヤモヤ! プロを諦めたくない。現状打破するために選んだ海外留学
このままではプロサッカー選手になれないかもしれない――その現実に向き合った末に、海外留学を選んだSさん。それは勝負する場所を選び直し、現状打破するための手段でした。実力主義にさらされる環境をあえて選び、言葉の壁を乗り越えながら挑戦し続ける日々は、逃げ出したくなる瞬間も少なくないといいます。それでもプロの道を目指し、努力し続けられる原動力を聞きました。
PROFILE
S.Kさん
21歳
アメリカ・ニュージャージー州在住。兄の影響で3歳からサッカーを始め、現在はアメリカの大学でサッカー留学中。ポジションはミッドフィルダー。休日も、ジムで体を鍛えたり、サッカーの動画を見たり、練習に取り組んだりと、サッカー中心の生活を送っている。2026年のFIFAワールドカップは、アメリカ・メキシコ・カナダでの合同開催のため、憧れのメッシ選手の姿を現地で見ることを楽しみにしている。

日本の外で、実力を高めたい
”埋もれたくない”思いで挑戦を決意
高校2年生のとき、アメリカにサッカー留学することを決めたそうですね。国内にも強豪校がある中で、海外留学という道を選んだ理由について教えてください。
正直なところ、高校生になるまで海外に留学することは考えたこともありませんでした。ただ、日本でサッカーを続けていると、指導の質が高く方向性がまとまっている一方で、指導内容や選手のタイプに共通した傾向が見えてくることもあり、その中で自分が埋もれてしまっているのではと感じるようになったんです。子どもの頃から、プロのサッカー選手になることしか考えていなかったんですが、“このまま日本にいて、プロになれるのだろうか”という不安が大きくなっていきました。新しい挑戦というか、“別のステージでやらなければいけないのではないか”という焦りが出てきたんです。環境を変えるのもひとつの手なのかもしれないとネットで情報を調べていくと、海外留学という選択肢が出てきて、“これだ”と。思い立ったら即行動するタイプなので、すぐ両親に「アメリカでサッカー留学したい」と伝えました。
すごい決断力ですね!ご両親はどういう反応でしたか?
突然のことだったので驚いたとは思いますが、父も母も反対はしなかったですね。母からは「いいけど、ちゃんと調べなさいよ」って言われたくらいで。ただ、父からは「アメリカを“逃げ”の手段にするな」と言われました。「日本で埋もれたくないなら、もっと努力して目立つプレイヤーになることもできるだろう」と。実際、僕の周りには日本でプロになっている友人もいます。父からすると、日本で通用しないから海外に行くという選択は、“逃げ”でしかないという考えだったようでした。だから「アメリカに行くなら条件をつける」と言われました。
その条件とは、どのようなものだったのでしょうか。
当時は、指定校推薦で国内の大学に進学し、サッカーを続けることも、選択肢として漠然と考えていたのですが、「実際に進学するかどうかは別として、まずは指定校推薦に必要な偏差値を模試で取れる状態にしなさい」と言われました。“日本でもサッカーを続けられる状態で、なおアメリカを選ぶのであれば、それは逃げではなく挑戦になる”、という意味だったと思います。“日本でこのまま埋もれたくない。だから環境を変える”という選択の中に、逃げの要素がまったくなかったかと言われたら、ゼロではなかったかもしれません。だからこそ、実際に条件をクリアしたことで、両親も納得させられたし、自分自身もより、迷いなく留学という道を選べたと思います。
実力主義、言葉の壁、人種差別……
留学生活で乗り越え、成長したこと
留学先にアメリカを選んだ決め手はなんだったのでしょうか?
アメリカの大学には奨学金制度があり、条件次第では、費用をかなり抑えて留学することができます。やはり親にはできるだけ経済的な負担をかけたくないという思いがあったので、この奨学金制度はとても魅力的でした。一方で、奨学金は試合での実績や監督からの評価によって支給額が変わります。チームメイトを見ても奨学金の額は人それぞれで、完全に実力の世界。もしプレーが評価されなければ、奨学金が減ったり、受けられなくなったりする可能性もあります。なので、そうした不安と常に隣り合わせの環境にいる、という意識を持って日々プレーをしていますね。
実際、1年目は、自分の実力がまだ十分に評価されていなかったこともあり、奨学金の額も多くはありませんでした。ただ、プレーを認めてもらえるようになってからは、金銭面での負担はかなり軽くなりましたね。
チーム内でコミュニケーションを取るためには英語を話す必要があったかと思いますが、言葉の壁はありましたか?
語学は本当に大変でした。チームには世界中からさまざまな国の選手が集まっていますが、共通語は英語です。日本にいる間に1年間英語塾に通い、英検2級までは取得して、できる限り不安を減らす努力はしていたのですが、現地では想像以上にきつかったです。
特に最初の3ヵ月間は、伝えたいことをチームメイトに伝えられないもどかしさでずっと頭痛がしました。僕はミッドフィルダーという、いわばチームの司令塔のようなポジションなので、試合をどう組み立てるかを判断し、チームメイトに瞬時に指示を出す必要があります。ただ、その場で必要な英語がうまく出てこなくて……。自分が指示を出せなかったことで、優秀なチームメイトの力を生かしきれず、練習試合で大敗したことも……。サッカーの実力で負けたのならまだ納得できますが、拙い英語力のせいで負けたことがとにかく悔しくて。このままアメリカでやっていけるのかどうか落ち込みました。
思うように言葉が出てこないのは、かなりストレスですよね。チームメイトとの関係性は良好だったんでしょうか?
そこは問題なかったですね。チームメイトは、本当に気のいいヤツらばかりで。自主的な勉強を続けたことはもちろん、チームメイトらが普段から積極的にコミュニケーションをとり続けてくれたことで、少しずつ会話にも慣れていきました。3ヵ月くらいたって英語の夢を見るようになった頃から頭痛も治まり、すらすらと話せるレベルではありませんが、英語を聞くこと自体は、だんだん苦ではなくなったと思います。
一方で、理不尽な差別を受けたこともあります。ある大会で、翌日の対戦相手とエレベーターで一緒になったとき、いきなり差別的な言葉と態度で侮辱されたんです。瞬間的に頭に血が上って、やり返してやろうかとも思いましたが、とにかく体格のいい2人組だったので(笑)、諦めちゃいましたね。さすがにその日の夜は、悔しさでなかなか寝付けませんでしたが、チームメイトに支えてもらって、なんとか気持ちを立て直すことができました。この悔しさは、みんなで翌日の試合にぶつけようということになって、チーム一丸となって勝利することができました。
留学して3年目ですが、留学当時と比べて、ご自身の成長を感じることはありますか?
やはり1番大きいのは、他国の文化や習慣、価値観の違いを受け止められるようになったことだと思います。いろいろな国の人と関わる中で、以前よりも寛容になりました。自分にとっては違うかなと感じることでも、相手にとってはそれが正しかったり、当たり前だったりする。そういう考え方が、少しずつ自然にできるようになったと思います。それはサッカーの場面だけでなく、私生活でも同じです。相手を一方的に否定するのではなく、背景を理解しようとするようになりました。いろいろな価値観やバックグラウンドを持った人たちと過ごす中で、相手に対して許容できる幅が広がったと感じています。
逃げずに闘い続けた3年間
失敗を恐れず挑戦し続け、プロの道へ
昨年は、アメリカのサッカー協会からMVPを授与されたそうですね。順調にキャリアを積み重ねていますが、ご自身ではどのように感じていますか。
周りからは前向きにやっているように見えるかもしれませんが、自分は弱い人間なので、それなりにダメージを受けることも多いです。人種差別を受けたり、言葉の壁にぶつかったり、思うようにチームを勝利に導けなかったり。そういうときはとことん落ち込むし、気持ちをすぐに切り替えられないこともあります。“もう無理だ”と、逃げ出したくなる瞬間も何度もありました。それでも、“もう一度頑張ろう“と立ち上がって結果を出せたら素直にうれしいし、自分の成長を感じます。困難な壁を乗り越えた先にこそ、サッカー選手としても、人としても、本当に成長があるのかなと思います。
ここまで逃げずにやってこられたのは、環境のおかげもあります。もし日本で同じ状況だったら、もっと楽な方向に流れていたかもしれないし、サッカーをやめていたかもしれません。でも、アメリカは簡単に逃げられる環境ではなかった。日本に帰りたくても、日本までの飛行機代は、片道で20、30万円くらいかかりますから(笑)。そういう意味でも、“逃げるためではない”と自分自身で証明した上で留学を選択したことは大きかったですね。
さまざまな困難を経験する中で、改めてこれからの目標を教えてください。
22歳で大学を卒業したら、すぐにプロになることですね。もともとは日本でプロになることを目指していましたが、日本では運や環境など、実力以外の要素も大きく、実力があってもプロになれない人が多いという現実があります。その点、アメリカは市場が広く、才能を拾ってくれるチームも多い。まずは海外でプロになって、自分の市場価値を高めながら次を考える、という選択肢が現実的だと感じています。
個人的には、国を選ばなければ、プロにはなれると思っています。これからサッカーが発展していく国であれば、トップ選手になれるチャンスは、ある。一方で、ヨーロッパのようにサッカーが盛んな国では、実力があっても埋もれてしまう可能性もあります。だからこそ、自分が“ここで勝負したい”と思った国でプロになれるよう、できるだけレベルの高い環境に身を置き、結果を出せるようになりたいですね。
言葉も環境も違う中で、コンスタントに結果を出すことを求められ続けるのは、かなりのプレッシャーかと思います。原動力はなんでしょうか。
心がけているのは、挑戦を恐れないこと。僕もこれまでたくさん失敗しながらやってきました。ただ、失敗してもリカバリーはできる。どうリカバリーしていくかを考え、行動することが大切だと思います。挑戦しないまま埋もれていくことの方が、僕にとっては怖いです。それに、プレッシャーというより、負けたくない気持ちが強いですね。子どもの頃から負けず嫌いで、とにかく勝ちたい一心でサッカーに打ち込んできました。だから今は、よりサッカーチームのレベルが高い大学への移籍を考えています。強いチームへ移籍し、ハイレベルなチームメイトたちと切磋琢磨しながら、そこでトップ選手を目指したいです。